【武田邦彦】原発処理水の海洋放出は50年先に安全といえるのか?

このページは、武田邦彦先生が話す「原発汚染水(処理水)④」です。原発処理水の海洋放出は50年先に安全なのかになります。

過去の動画も最後に貼っていますので、順番に見られることをお勧めいたします。時短のためには、記事をお読みいただければと思います。

 

原発汚染水(処理水)の問題は今後も取り上げていきますので、原発問題が気になるというあなたはチャンネル登録してください。

レッテル貼りするな

 

いつもは、動画は1日1本で話していたのですが、今日は足立先生のネット上で公開でお話しされてますので2本目の動画です。

足立先生の対談の相手の方が「武田教授というのは間違いをよく言うんだ。」なんていう人格攻撃、レッテル貼りがあったので、それはできれば修正してほしいと考えての2本目です。

 

私たち日本が良くなるためには、色々意見の違う人が、レッテルを貼らずにやるというのが大切で、レッテル貼りの得意なのは、共産党とか朝日新聞なんです。

日本維新の会は、レッテルを貼るとかそういうのやめて、きちんとした議論をしたほうが良いんじゃないかと私は思いますので、レッテル貼りは撤回してもらいたいと思っております。

 

今日は、この問題の第2回なんですけども、第1回は、ロンドン条約というものを私がどのように使用したのかということです。

私は、ロンドン条約は、船からの投棄だけに限るとかそういう風なもんじゃなくて、広く世界各国が海洋汚染をどのように防ぐかというベースに立って、放射性物質にも言及しているということをお話しいたしました。

産業界のプライド

第2点は、私の言ったことは、虎ノ門ニュースを読み返して頂いたらよくわかるんですが、日本の産業のプライドっていうものをお話ししたわけです。

私が産業にいた頃、海水に薄めて毒物を海に流すなんてことは考えもしなかったし、議論もしなかったっていうお話を強調いたしました。

 

薄めて海に流すっていう行為は、僕の感じでは、1970年代の中間くらいまでは、ある意味で隠れてやる正当な行為というくらいだったんです。

「良いよ良いよ。薄めて流しちゃえよ。」というのがあったんです、実際。その当時はそうでしたから、仕方ないです。

 

その当時は東京都の汚穢なんかも船で外洋に行って捨ててた時代ですから。黄色いベルトとか言われてましたけど。そういう時代ですから、時代の流れの中でそういうことが行われていたわけです。

ところが、私の経験では、1980年代くらいになりますと、日本の一流企業、つまり採算に余裕があるようなところはそういうことは絶対やらなくなりました。議論すらしなくなりました。

 

それは当たり前で、例えば猛毒、例えばいつも僕青酸カリを出すんですけど、青酸カリ出すとまた「それは青酸カリじゃないじゃないか」って、ヒ素でもなんでも良いんです。

ベンゼンでも良いんです。規制値があったり毒物だとして分かっているものがあります。それを海の水を汲むのは自由に汲めるんです。

 

それをタンクにためて、その中に少量のベンゼンでもヒ素でも青酸カリでも入れれば、大体は規制値以下になっちゃうんです。

海の水と組み合わせるのは我々にとって安いもんですから。悪徳企業はそういうことをしていたところもあるんです、実は。

 

これは、陸上で薄めるので規制値以下にするから良いじゃないかってなるけども、それはだめだということなんです、結局。

それじゃあもう1つの方法、船で毒物を海に行って、海に少しずつ流すんです。ポンプをちょっとずつ使って。

 

そうすると、海の水は海流があったり動いたりしますから、だから海のどこを測っても捨てた船の付近を測っても、規制値以下なわけです。

それが良いかってことになりますと、これは明らかに海洋汚染の世界的条約の思想に反するわけです。

 

海洋汚染の防止の思想は、「技術的もしくは金銭的にも可能であれば、できるだけ毒物を海洋に流さないようにしよう。」というのが思想なんです。当たり前ですけど。

海は共通のもので、みんな海水浴もするし、魚も泳いでてそれを食べるということで、「できないものは個別に考えるけど、できるものはとにかく努力してくださいよ。」っていうことなんです。

 

ですから、例えばヒ素とか、ベンゼンとか、青酸カリを流そうというのはやめて、処理をして、無害化してどっか仕舞うという当たり前の方法に、統一されたわけです。

特に私なんかは、一流会社の一流社員でしたから。一流じゃなくともそうすべきなんですが、中小企業だとお金が足りないっていうようなこともあるんです。

 

仮にも、大企業を名乗って経団連のメンバーとかそういうんだったら、やっぱり会社の社会的責任があります。今度は東電です。

東京電力は、それはやっぱり日本の産業の模範になってくれなきゃいけないんです。今は、信用が地に落ちてます。

 

だけど大きな会社ですし、国との関係も深いし、電力供給ですからちゃんとしてほしいっていう気持ちが僕にはあるんです。それは当然だと思うんです。

足立先生も、それは反対されないと思うんです。そうすると、1980年から1990年に確立している「薄めて出すのはだめだ。」という原則くらいは守った方が良いんじゃないかという私の考えです。

 

これは私の考えであって、もちろん維新の会は違う考えでも良いんです。それは考えですから。維新の会は「薄めて捨てても良い。」というお考えでもそれは別に構わないんです。

そんなことを言ってるんじゃなくて、私は。こういう議論の時、最近1番問題だと思うのは、「武田は間違えが多い。」とか、「あいつは頭おかしい。」とかそういうレッテルを貼らない。

 

「武田は薄めて海洋に投棄するのは問題があると、ちゃんとその根拠も言っている。しかし私は考えが違う。」と維新の会の方が言うんだったら構わないんです。

安全の判断が科学的に難しい

松井知事が言われたのは、さらにわからないんです。つまり、「安全なら捨てても良い。政府が安全と判断したら捨てても良い。」という言い方に僕は引っかかったんです。

というのは、まず安全っていうのが非常に難しいという問題が1つと、薄めれば安全になると言えばそうなんですが、しかしそれは安全だから捨てても良いというものではないんです。

 

安全っていうのはやっぱり、日本だったら1リットル6万ベクレル以下ですから、それ以下になるということは、240年かかるということなんです。

ですから、ごく普通に考えて、政治的にひねくり回すというのは、私は政治ではないと思うんです。政治というのはそういう姑息な手段を論することをすべきじゃない。

 

足立先生は大政治家ですから、僕から政治のこと言うことじゃないんです。足立先生の言われることを私が非難してるんじゃないのです。

私の考えとしては、せっかく1980年から1990年にかけて日本の産業っていうのは毒物とか放射性物質とか汚いものを、たとえ薄めても海洋に捨てない、というプライドでやってきた。

 

これがやっぱり日本の産業のプライドなんだ。信用なんだと言ったわけです。それは、あの時にもっとさらに言ってます。

日本が産業が発展している時は、そういう意識が強かったけど、最近は景気が悪くなり後退したりしてるので、とかく上手い方法でお金を安くすれば良いという方向になっちゃってる。

 

しかし、そういうことでは日本の産業が今後、繁栄することはないだろう。という私の見解を述べております。

1つ、足立先生お忙しいので、なかなか私の話なんて聞いてられないと思いますが、虎ノ門ニュースは多くの方が聞かれています。

 

私はやっぱり1番、足立先生が言われたことじゃありませんが、対談の相手かなんかが、「武田教授はいつも変なことを言う。」というようなレッテル貼りが嫌いなのです。

どうしてもレッテル貼りたかったら貼っていただいて結構なんですが、私は気に入りません。

 

それからもう1つは、人には考えの違う意見があるということです。ですから、ロンドン条約にも見方は何個かあります。

もちろん、海に流して捨てる昔の方式に戻したら良いじゃないかというのもあるけども、私は、日本は一流国であり海洋国だから、やっぱり世界に率先して、できるものなら福島の汚染水を海洋に流さないようにする、というのが大切であるという風に思います。

 

トリチウムの問題は難しい問題です。科学的に難しい問題なんです。ですから、政治的にこれを利用するということなく、やっぱり王道で行ってほしい。

それから、科学者が嘘ばかりつくんです。多分科学者が嘘ついてるんだと思うんです。後ろにいる。

 

「武田先生の言うのは違います。放射線なんか彼知らないんだから。」とそういうレッテルを次々と貼るんです。

そうじゃなくて、きちっとした議論をして、そして日本のために、日本の産業、日本の子供たちのために、我々は意見の違うことを認めながら議論をしていく。

 

これが虎ノ門ニュースで私が発言した主旨です。ぜひ、もう1回その部分を、お時間のある方は見ていただければと思います。

判断が科学的に難しい理由

ここからは、記事を書いている私がこの記事だけではわからないことを少し解説として加えます。多くの人は、物事の結果を知りたいと思います。

結論として、安全なのかどうなのかというのを知りたがります。しかし、放射線物質というのに安全はないと虎ノ門ニュースで武田先生が解説しています。

 

例えば、自動車。年間5000人死ぬ。これを安全とはいえない。でも、自動車を止めない。これは、年間10000人超える死者は社会的に耐えられないが、5000人だと望ましくないが社会的に耐えられる。

要は、利便性を考慮して5000人死ぬことを許容しているわけです。放射線物質も同様で、被爆には安全はなく社会的に望ましくないが耐えられるかどうか「許容」だけしかないわけです。

 

それは、医療に使っているレントゲン撮影も同じです。安全とは言えない。利便性を考えて、社会的に望ましくないが耐えられるからレントゲンをとるわけです。

昔、エックス線を1年に1回、小学生に毎年やっていたころは、被爆が必ず一定数出ていたのです。なので、放射線物質には、安全はないのです。ただ、利便性と比較して許容があるだけなのです。

 

その許容できる数値が日本は、元々厳しめに決められている。それは、原発反対する人の声が大きいことからそうなっていると話しています。

なので、もし数値を改正するならきちんと法律を通して修正したうえで、処理するべきだというのが武田先生の意見です。

 

そして、武田邦彦先生が計算すると海洋に薄めて流すと人体には影響はおそらくない。ただ、海の下の方を泳いでいるカレイのような魚には影響がある。

魚は、死ぬ可能性があり中国などの外国は、日本もやっているじゃないかとどんどん海に放射線物質を流してくる可能性が高い。それを考慮する必要があので、海に流すのは反対だと話しています。

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